退職を引き止めずに円満退職につなげた実例

仕事

前回の記事「部下が退職を申し出たとき、最初の30分にやったこと」では、申し出を受けた最初の30分を「引き留める時間」ではなく「受け止める時間」にする話を書きました。

今回はその続編として、実際に私が受け止めた事例を1つ、できるだけ具体的に紹介します。タイトルの通り、引き留めませんでした。それでも(だからこそ、とさえ言えます)円満な退職になった、という話です。

※この記事の事例は、関係者が特定できないよう、時期・所属・事情の細部を加工しています。

事例の前提:期待していた若手からの申し出だった

建設業の現場で働いていたKさん。30代前半で、現場を束ねる立場になったばかりでした。仕事ぶりにも素質があり、周りの評価も上々。正直に言えば、会社としては「次を担ってほしい」人材でした。

ある日、Kさんから「少し時間をもらえますか」と言われ、個室に移動しました。切り出された言葉は、例の「退職を考えています」でした。

最初の30分:前回書いた通りにやった

前回の記事の通り、この30分で私がやるべきことは3つだけ。

  1. 0〜10分:最後まで聞く。 理由は聞かず、相槌だけで通しました。Kさんは「会社には感謝している。申し出にくくて…」と何度も繰り返しました。
  2. 10〜20分:感謝を伝え、事実だけ確認する。 「これまで、よく頑張ってくれた」と伝えたうえで、確認したのは希望する退職日の見当、引継ぎの心当たり、周囲への報告の方法、の3つだけ。この時点では留任交渉も条件提示も一切しませんでした。
  3. 20〜30分:次の約束をする。 「今日の話は私から誰にも言いません。あなたが伝えたい形で伝えてください」を最初に約束し、2営業日後に面談の日時を決めて終えました。

もし最初の30分で「給与を見直すから」「あと3年だけ」と引き留め案件を出していたら、Kさんは用意してきた想定問答に乗っかっただけでしょう。本音は最後まで聞けなかったはずです。

2回目の面談で初めて聞けた本音

2営業日後の面談で、初めて理由が聞けました。親の介護のために、遠方の実家の近くへ引っ越す必要が生じていたのです。

これは会社側のどんな条件でも解決できない理由でした。給与を上げようが、配置を変えようが、解決しない。ここで最初の30分に留任交渉を持ち出していたら、解決しないカードを切って関係だけ険しくしていたところです。

会社としては対応が決まっていました。

  • 退職日は、Kさんの引っ越しの日程に合わせる(民法上は申し入れから2週間で雇用関係が終わりますが、Kさんの事情に合わせる余裕はありました)
  • 代わりに、引継ぎは「本人が主導でやる」ことにした

特に2つ目が効きました。引継ぎ計画を会社が押し付けるのではなく、Kさん自身に仕事の棚出しから始めてもらったのです。

引き留めなかったから出てきたもの

結果として、引き留めなかったことで見えた光景があります。

1つ目は、引継ぎ資料の質です。 Kさんが自発的に作った引継ぎ書類は、私が関わった中でも一番丁寧でした。取引先ごとの注意点、現場ごとの履歴、連絡先まで整理されていました。引き留め合戦をしていたら、絶対に出なかったものです。退職者を信用して送り出すほど、手元に残るものは大きくなります。

2つ目は、残ったメンバーの反応です。 Kさん自身が職場に退職を報告し、メンバーから送別会も開かれました。「あんなふうに送り出されるなら、自分も残っていい会社だ」という空気が、そのまま次の採用や定着に効いてきます。逆に、退職者を「逃げた人間」扱いする職場では、残った人も次々に逃げていきます。

3つ目は、その後の関係です。 建設業界は狭いものです。Kさんとは退職後も良い関係を保っており、職種を変えて仕事を続けています。協力会社の窓口にKさんに近い人がいる——というだけで、現場が回りやすくなる場面がありました。

うまくいかなかったことも正直に書く

円満だった、と言っても、全部が順調だったわけではありません。

  • 引継ぎ期間が短く、Kさんのいた現場は一時的に明らかに手薄になりました。不足分は他の現場から応援を寄せる形でしのぎました。
  • 有資格者(作業主任者など)の再手配は、退職日より先に動く必要がありました。ここを先にやっておかなければ、現場そのものが止まる可能性がありました。
  • 「採用をもう1人出す」という計画は、その年度内には間に合いませんでした。退職の申し出は突然来ますが、採用は半年先まで効きません。だからこそ普段から、いつ来てもおかしくない人員計画の準備が必要です。

引き留めなかった分、会社側の動きを速くする責任が増える、というのはその通りだと思います。

まとめ:引き留めないのは「何もしない」ことではない

Kさんの退職を通じて確信したのは、引き留めないというのは「手放す」ことではなく「送り出す」方法だ、ということです。

  • 最初の30分で受け止める(理由を聞かない)
  • 2回目で本音を聞く(引き留め案件は出さないと決めておく)
  • 引継ぎの主導権を本人に渡す
  • 会社側は資格・採用・現場計画を速く動かす

この順番を守るだけで、「関係が悪化して資料も残らず、辞めたあとに会っても顔を合わせられない」という一番悪いシナリオは避けられます。前回も書いた通り、退職への対応は残るメンバーがずっと見ています。今回の事例では、引き留めなかったことを一番安堵したのは、実は私自身でした。

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