建設業で人事・労務を担当して19年になります。その間に「退職したいんですが…」と切り出された回数は、もう数え切れません。
最初の頃は頭が真っ白になりました。やっと育った人材ですし、現場を回すためにも「今は残ってほしい」。そう思うのが管理職の本音だと思います。
でも長年やってきて分かったのは、最初の30分をどう使うかで、その後の引継ぎの質も、職場の雰囲気も、最悪の場合「残る人たちの離職」まで決まってしまう、ということです。
この記事では、私が退職の申し出を受けるときにやっている「最初の30分の使い方」を、時間の流れに沿って書きます。
まず知っておきたいこと:退職の申し出は「決断後」に来る
切り出された瞬間にやりがちなのが、説得や引き留めです。でも、部下が退職を口にしたとき、本人の中では決断はほぼ終わっています。上司に話すまでに、家族と話し、退職後の生活を考え、何度も自分に言い聞かせているからです。
つまり、その場に持ち込まれるのは「相談」ではなく「報告」です。報告に対して説得を始めると、本人は心を閉ざします。用意してきた想定問答をなぞるだけになり、本当の理由は二度と聞けなくなります。
最初の30分の目的は、引き留めることでも手続きを進めることでもなく、「受け止めてもらえた」という状態を作ることです。
0〜10分:最後まで聞く。「理由」を聞かない
はじめの10分は、ただ聞くことに集中します。
- 部屋を確保する。デスクの近くや廊下では話さない
- スマホは伏せ、PCは閉じる
- 話は最後まで、相槌だけで通す
ここで一番大事なのは、途中で「理由は何?」と聞かないことです。本人の話は、たいてい「理由」の前に「申し出にくかった、これまでありがとうございました」という前振りから始まります。ここを遮って理由を求めると、想定問答だけが返ってきます。
聞くべきは理由ではなく、「自分の話が受け止められた」という事実を本人に感じてもらうことです。10分間ただ聞く。それだけで、次の10分の中身がまったく変わります。
10〜20分:感謝を伝え、確認するのは「理由」ではなく「事実」
話を聞き終えたら、まず感謝を伝えます。たとえば「今まで、よく頑張ってくれた」のひと言でいい。退職の話をされたとき、部下が一番怖いのは嫌がられることではなく、これまでの時間を否定されることです。
そのうえで確認するのは、理由ではなく次の3つの事実だけです。
- 希望する退職日の見当
- 引継ぎの心当たり(仕事の棚と、引き受け手の見当)
- 周囲への報告は、本人が自分でするか、会社が先に伝えるか
逆に、この時点で言ってはいけないのが「引き留め案件」です。条件の提示(給与、配置転換、休暇)も、退職日を否定する話も、ここではしません。引き留めたい気持ちは一旦保留にして、「受け止める時間」と「じっくり話す時間」を分けるのがコツです。
なお、退職日については知っておくべき前提があります。民法では、期間の定めのない雇用は「解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了」とされています(民法627条1項)。つまり会社が認めなくても、本人の意思表示だけで2週間後には雇用関係が終わる。この前提を持っておくと、退職日を巡る無駄な攻防がなくなります。円満に「希望に沿える側」に回ることが、引継ぎの質を上げる一番の近道です。
20〜30分:次の約束を具体的にして終わる
最後の10分は、次の行動を約束して終わる時間です。
- 「今日の話は私から誰にも言わない。あなた自身が伝えたい形で伝えてほしい」(これが最優先。噂は退職者を一番傷つけます)
- 次の面談の日時をその場で決める(翌日か2営業日以内が目安)
- 「気持ちが揺れたら、いつでも連絡してほしい」と伝える
ポイントは、日時をその場で決めることです。「また後で」と濁すと、本人は「引きずり回されるのでは」という不安を抱えたまま帰ります。
やってしまいがちな失敗3つ
- その場で留任交渉を始める —— 反応したくなりますが、準備された問答に乗るだけです。引き留めるなら、理由と本音を聞いた後、準備してから次の機会に。
- 理由に反論する(「我慢しろ」「どこの職場も同じだ」) —— 本人にとっては人生の決断です。反論は「否定」にしか聞こえません。
- すぐ同僚や他の管理職に話す —— 本人が報告する前に職場に流れたら、最初の30分は全部やり直しです。
最初の30分が終わったら(チェックリスト)
30分は「受け止め」まで。手続きと計画はその後で、落ち着いて進めます。
- 上司・人事担当への報告(本人の了承を得た範囲で)
- 引継ぎ計画の作成(仕事の棚出し、引き受け手、スケジュール)
- 退職日の確定(民法上は申し入れから2週間で雇用終了。有給消化分も含めて逆算)
- 有給休暇の消化計画
- 返却物・貸与物の確認(名刺、社員証、車両、資格証)
- 退職後の手続き:雇用保険被保険者資格喪失届と離職証明書は、退職日の翌日から10日以内にハローワークへ。離職証明書は本人の確認欄記載が必要なので、在職中に済ませておくのが安全です
建設業ならではの注意点
同じ建設業の管理者に向けて、少しだけ足します。
- 現場単位の人員計画に直結する:退職が決まったら、該当現場の工程と人員配置をすぐ見直します。下手をすると「退職を隠して現場を回す」ことになり、安全確保の面で一番危険な状態に陥ります。
- 資格・選任の手配が急務:作業主任者など有資格者の補充(再手配、講習の日程)は、本人の退職日より先に動かないと、現場が止まりかねません。
- 退職者との関係は続く:建設業界は狭いものです。体裁よく送り出した相手が、数年後に協力会社の中心になっていることは、普通にあります。
まとめ:最初の30分は「引き留める時間」ではなく「受け止める時間」
- 退職の申し出は決断後の「報告」。説得は想定問答に乗るだけ
- 最初の30分は「聞く → 感謝と事実確認 → 次の約束」の3つだけ
- 引き留めは、その場ではなく、準備したうえで次の機会に
- 手続き(退職日、引継ぎ、離職票類)は30分の後で、落ち着いて
最後に一番大事なことを。退職の申し出への対応は、残るメンバーがずっと見ています。会社が退職者をどう扱ったかで、「自分たちもこの会社に残っていいのか」が決まります。最初の30分は、退職者のためだけではなく、残る人たちへの説明でもある——19年やってきて、これだけは確かだと思っています。


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